『チャイナシンドローム』

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【あらすじ】

 取材中に起こった原発事故。女性リポーターとカメラマンはそのフィルムをスクープとして報道しようとするも、圧力がかかり中止となる。しかし撮影したフィルムの検証によって大事故が起きる寸前であったことが判明する。事故を隠蔽しようとする原発の現場管理者も、安全審査に大きな欠陥を発見する。原発経営側の思惑に反する原発稼働停止をめぐり、対立した現場管理者はジャーナリストに協力する決断をする。そのことで命を狙われることになり、原発の制御室で最後の手段を取ることになる。

【真のジャーナリズム】
 主人公の女性リポーターは、取るに足らないニュースを日々レポートしていた。しかし潜在的にはジャーナリスト気質であり、硬派なニュースの担当を希望していた。そして彼女が組んでいるフリーのカメラマンは、実力はあるが自意識が強く扱いにくい性格である。この二人の性格が事件を急展開させていく。
 取材で訪れた原発で地震が発生し、その混乱の一部始終をカメラマンが隠し撮りする。禁止されていた制御室の撮影を独断で行うカメラマン気質が、後に真実の追究へと繋がっていく。彼は圧力がかかりお蔵入りになったフィルムを保管庫から、またも独断で持ち出すことになる。
 スクープが頓挫するも現実主義の女性リポーターは、一度は上司の説得に従うも、フリーカメラマンの行動に影響されていく。彼女は現場管理者と話し隠蔽の事実を知ったことで、真実を公表する欲求が本物となる。そして人気リポーターとしての立場を利用して、徐々に真実をリポートしていく。
 事故の隠蔽とともに原発の安全審査に問題があることを発見する現場監督者は、その事実を周囲に理解してもらえず、それまで敵であったジャーナリストに強力する。しかしそれは必然的に経営者側との対立を生み出す。腐敗した組織にとって「正しさ」こそが欠陥部分として排除されるのだ。
 人命軽視による利益優先の経営者。命をかけて事故を防ごうとする職人気質の現場監督者。「真実を見る」ことを使命とするフリーカメラマン。そして真のジャーナリストとして成長する女性リポーター。原発事故によって浮彫りになる科学技術の副作用。そこに組織の腐敗が絡むことの悲劇。この映画には、現代人が最も陥りやすい落とし穴が描かれている。この穴をしっかりと照らすのがジャーナリズムであり、そのようなジャーナリズムの機能低下が悲劇に繋がることは自明である。全てのジャーナリストに観てもらいた一作。

vol. 048 「チャイナシンドローム」 1979年 アメリカ・ 122分 監督 ジェームズ・ブリッジス
illustration and text by : Yasunori Koga

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『TENET テネット』

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【あらすじ】
 現在の地球を支配しようとする未来人。それを阻止すべく結成された組織「テネット」。主人公はテネットに入り「時間を逆行する弾丸」を目の当たりにする。エントロピーを下げることで時間が逆行する現象は、未来人が作りだした回転装置により発生する。地球の支配をもくろむ未来人は、武器商人セイタ―に、現在の人々を破滅させる装置の起動を命じている。主人公は回転装置を使って時間を逆行し、セイタ―を阻止しようとする。しかし時間を先行するセイタ―は常に主人公の先回りをすることになる。
 
 【時間の逆行可能性】
 この物語では、時間が逆行できるのは回転装置を通過した物に限られている。つまり起きた結果を起点としてのみ、時間をターンできるのである。これは、結果がある時のみその原因を導き出すことが出来るという意味でもある。時間を逆行する映像はなかなか衝撃的であるが、しかしこの映画に潜む真のテーマは「情報」であり「決定論的な因果性」を突破する話しである。
 登場人物の一人ニールの「起きたことは仕方がない」というセリフがあるように、結果を受け入れることで逆行が可能となるだけでなく、そこから新しい分岐が可能となる。その意味では目的論を示唆したセリフでもある。さらに主人公は「無知こそ最大の武器」と語る。これは「反決定論」を指すもので、「反情報化」という“自由”を示している。つまり情報化されている間は先回りされるのだ。
 そもそもエントロピーを下げることで「時間が逆行して見える」という設定は、起こったことの情報化を示すもである。なぜなら情報とはエントロピーの逆数だからである。物語中でも物理学や量子力学が持ち出されているが、ノーランがそれらの下敷きにしたのは精神分析学ではないだろうか。フロイトは、結果がある時だけ原因を見出すことが出来るという。そして隠れた過去の原因を、現在の自分が真に認識しえたとき、心的外傷は消えるとしている。これはまさに、未来の自分が時間を逆行して、過去の原因に対して「起きたことは仕方がない」という受け入れを行ったことに等しいからである。
 フロイトの場合は「事実認識」によって停滞した流れを正常化させるという原理がある。『TENET』における「時間の逆行性」も同じく、現実の受け入れによって「新たな可能性」が初めて生まれることを描いている。そもそも未来人が現代人を破滅させれば、未来人自身も破滅するという「オイディプス理論」が成り立つ。しかし未来人もその理論(決定論)を超える結果を期待して、計画を遂行しようとしているのである。つまり結果から原因へ逆行し、決定論を超える新たな流れを作り出そうとする。それは先の分からない展開の「創造」である。この創造的計画を阻止するには、それを超える計画が必要となる。その作戦は過去と未来の二つが「統合」される場所(10分間)で展開されることになる。その意味では『TENET』の二つの「TEN」に重なる「N」を「NOW」と受け取りたい。見事な傑作である。

vol. 047 「TENET テネット」 2020年 アメリカ・イギリス 151分 監督 クリストファー・ノーラン
illustration and text by : Yasunori Koga

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『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』

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 ハリウッドスターとしての全盛期を過ぎた主人公。彼は再び脚光をあびるべく、ブロードウェイに進出する。過去の栄光を忘れられない人格として、「バードマン」という妄想人格が度々現れ、ハリウッドへ戻れとささやく。不慣れな舞台、薬物依存からの更生中である娘、利己的な天才俳優など、彼を悩ませる要素との葛藤を背負いながらも、権威ある批評家の眼に舞台をさらす。「無知の奇跡」が「芸術的創造」のプロセスそのものであることを、超絶的な長回しと“怪演”で証明してみせるたシネマの限界点。

vol. 046 「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」 2014年 アメリカ 119分 監督 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
illustration and text by : Yasunori Koga

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『シェイプ・オブ・ウォーター』

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 児発話障害を持つ女性と半漁人のラブストーリー。言葉を話せない主人公は、言語に支配されない純粋な心の持ち主。そして現地では神と崇められる半漁人は、規格外で社会から拒絶される“英雄”(ジョゼフ・キャンベル)として見ることができる。偏見の目では見ることのできない大事なものがある。その大切なものは、言語に頼らないからこそ、真のコミュニケーションとして交換可能となる。物質や権力、短絡的な仮想コミュニケーションが支配する現代において、決定的に喪失している大事なもの。それはのは「愛情」ではないだろうか。ギレルモ・デル・トロ監督は、物質主義が蔓延した現代において、人々に「愛情」を思い出させようと本気で思ったのかもしれない。

vol. 045 「シェイプ・オブ・ウォーター」 2017年 アメリカ 123分 監督 ギレルモ・デル・トロ
illustration and text by : Yasunori Koga

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『ブレードランナー 2049』

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 1982年制作『ブレードランナー』の続編。レプリカント(労働力として生産されたアンドロイド)を殺害する役目を負った“ブレードランナー”の物語。歴史的な傑作の続編という不利な条件でありながらも、見事にドゥニ・ヴィルヌーヴ版ブレードランナーに仕上がっている。荒廃し切ったした世界は、前作よりもタルコフスキーやエンキ・ビラルを手本にしたと思われる。過去の記憶まで移植された、人間そっくりのレプリカントは、“自己の確証をどこに求めればよいのか”という根本問題を突きつける。徹底した世界観と普遍的なテーマが、観る者を深みへと引きずり込む、「人間とは何か」を問う哲学的なSFである。

vol. 044 「ブレードランナー 2049」 2017年 アメリカ163分監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
illustration and text by : Yasunori Koga

★古賀ヤスノリのHP→『Green Identity』

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