『ゆらぎについて』

ラスト こがやすのり 古賀ヤスノリ

 機械でリズムを奏でる。正確無比で永遠に同じリズムを刻める。人間がやるとそうはいかない。たとえばドラムだといくら正確な技術の持ち主でも、ドラムマシーンと比べたら不正確な「ゆらぎ」がでてくる。しかし人間が奏でる音楽に、機械で作った音楽にはない良さがあるとすれば、そういった「ゆらぎ」にこそ秘密が隠されています。
 不正確さが禁じられた場所(たとえばある種の仕事など)では「ゆらぎ」は排除される。あるいは強迫観念的に「ねばならない」に支配された人の周囲も揺らぎは排除される。しかしそこにあるのは機械が作り上げる正確な結果と、失敗や汚れを一切受け入れないという神経症的なありだけ方です。
 そのような機械的な世界観に対し、自然な世界観は多様な「ゆらぎ」に満ちています。枯れ葉の落ち方から滝のしぶきまで、正確さとは無縁の動きに満ちている。しかしそれらのランダムな動きも「自然」という超法則的な原理によって動いています。そして自然の一部である人間もその原理の一部であり、であるがゆえに「ゆらぎ」にたいする根本的な親和性がある。美的感受性もそこに発動する。私たちは揺らぎを受け入れることで、初めて調和が保たれる存在なのです。

AUTOPOIESIS 212/ illustration and text by : Yasunori Koga
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