『専門家について』

イラスト 古賀ヤスノリ Yasunori Koga

 専門家には二つのタイプがあります。一つは専門対象を把握するために、あらゆる分野の知識を借り、全体を形づくる専門家です。各分野のパイオニアがこれにあたります。例えば「精神分析学」を、あらゆる知識によって明確に示したフロイトはその典型です。もう一つの専門家は、専門領域はすでに体系化されており、その内部で整理された知識を学び、その分野にだけ精通した専門家。これは一般的なイメージの専門家です。
 この二つの専門家は、同じ専門家でも立ち位置が違います。前者は建物を建てる時の外側につくる「足し場」に立っている。専門対象を外からいろんな視点で把握して建てていく。それに対して後者は建物の中にいて、中から建物を理解していく。足場の利点は、対象を外からみるので全体が変化していてもよくわかります。つまり境界線がハッキリ捕まえられる。それに対して中からだと、細部がよく見える反面、近すぎて全体が把握しづらく変化にも気付きにくい。さらに他のジャンルのことも分からなくなる。物事が形骸化したり独善的になったりするのはこの内部においてです。
 そもそもあらゆる専門体系は、はじめ外部の足場より作られます。外から作られた専門領域は時間とともに体系化され、内部で理解しやすいものになる。よってそれをただ記憶するだけなら内部で十分でしょう。しかしその専門領域を「生きた外部世界」に有効利用するには、外と内の境界線を知り尽くしておく必要があります。それは多様なジャンルの境界線と、専門領域の境界線が重なる部分です。この多元的で複雑な境界線を熟知し続けることが、真の意味でのアクチュアルな専門家だと言えるのです。

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『絵の手順について』

イラスト 古賀ヤスノリ Yasunori Koga

 絵をスムーズに発展させる。植物が自然に枝葉を伸ばすように、順を追って段階的に発展させていく。よってそれには「適切な順序」があります。そして人間がやることなので「心理的な適切さ」とも重なっています。その手順を簡単にいうと、「自分を知り、次に他との比較や咀嚼をしていく」(もちろんこの先もあります)。という流れです。この順序をまもらないと、成長は停滞し、あらゆる問題とともに目的が難航します。
 まず「自分を知る」とは絵でいえば「自分の絵柄を知る」ということです。これは一般には、いろんな人のマネをして作っていくと思われています。もちろん入り口としては良いでしょう。しかし純度100%自分という表現は、他者が入り込まないものです。空のグラスにすべて自分が入っていなければなりません。もし他人の影響をうけても、それを完全に消化しきる(自分にする)必要があります。最初は消化力がないのでそれは難しい。よってまずは、純粋な自分だけを頼りに描いていく。それには排除すべきポイント(長くなるのでここでは触れませんが)がたくさんあります。
 そうしてできた自分のスタイルは、純粋な自分と呼べるものです。この状態は生まれたての状態で強度はありません。しかし心理的に最も重要な基盤であり宝です。そこをないがしろにして人マネばかりやると不安定になります(他のスタイルへの依存は、不安定な自己を作る)。この重要な自己表現と呼べるスタイルを基にすることで、多様なスタイルとの「比較や咀嚼」が健全な形でできるようになる。胃もたれや嘔吐もないし、自己を乗っ取られる(見失う)こともない。つまり確固とした自己を形成しなければ、他者は存在しないということです。この言い回しは哲学的で分かりにくいところもありますが、絵と哲学と心理学が根本的に重なるところが一番重要であることは、いうまでもありません。この順序をしっかり守ることができれば、どんな芽でも必ず開花するのです。

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『アリクイについて』

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 アリクイという蟻を主食とするかわった生き物がいます。特に大アリクイは全長2メートルにもなるので、その奇妙な存在感はインパクトがあります。最大の特徴は、蟻を食べるために進化した長細いホースのような口と、蟻塚を破壊するための大きな爪です。さらに箒のような大きな尻尾もある。全体としては、掃除機のような何かを吸い取り中にためる装置といった雰囲気。この形はハッキリいって他の事にはまったく使えない。そこがアリクイたる所以であり最大の魅力でしょう。
 アリクイの蟻塚を破壊するための爪は、武器としては多少は使えども、むしろデメリットの塊といった感じです。蟻のために細くなった口もそうですが、他の可能性を完全に断っています。この潔さと運命を受け入れ切った存在のあり方が、他では形容のできない“アリクイ”としか言いようのない固性を放っています。このような逃げ道のない状態を受け入れた佇まいから、わたしたち現代人の生き方に、少なからず戒めのメッセージを読み取ることもできます。
 現代はテクノロジーの発達によって、選択肢が無限に増えたかに思えます。検索すれば解決法も沢山でてきます。この底なしの環境は、便利な反面、アリクイのような「自分という存在の受けれ」と「運命にたいする潔さ」にとって逆方向の環境です。我がままが永遠に許されれば、それはカオスへと行き着きます。アリクイの一見して奇妙な形態は、「我こうであるがゆえに我あり」という実存的な受け入れを表現している。退路を断ったこの「ありさま」が本物の個性というものなのでしょう。

AUTOPOIESIS 262/ illustration and text by : Yasunori Koga
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『良性の空間』

イラスト 古賀ヤスノリ Yasunori Koga

 AIの時代、知識を売り物にしていた領域は取って代わられ、技術的なこともほとんどが動画としてネットにアップされています。それらはすでに一般に分配されており、残るはそれらの情報に「良性の化学反応」が起こる「場」や、良い影響を促す「空間」に価値がシフトしていきます。それぞれの種子(情報)に合った適切な土壌(環境)を見つける。そういった「場」は空間だけでなく人間関係を含めたものです。人々はすでにそのことに気づき始めてもいます。
 しかしそのような空間は、長い歴史によってできる「肥沃な土壌」であり、「よい空気」のある場所です。それは設計したりマネしたりしてすぐに作れるものではありません。人工的なものは文化的な浅さゆえに、影響は表面的なものに止まります。もちろんただ古くなっただけで、衰退の影響を与える場所もあります。「良性の空間」とは「歴史的な蓄積」と「新しさ」という矛盾が統合した場所に発生します。それは常に変化しながら成熟していく「健全な精神」のような場所です。
 AIの時代は瞬間的に必要な情報が得られます。これはつまり情報化時代の終焉ともいえます。みんなが持っているものはゼロになる。この瞬間的な価値の飽和によって、歴史的に蓄積された「良性の空間」や「変化を許容する場」の価値が高まります。多様な知識や経験が一体(種子)となり「健全な発芽」が起こる土壌。それらは一体どこにあるのか。これからの時代は、自分に合った「良性の空間」を発見し、自由に得た知識と経験を「健全な発芽」へと導いていく必要がある。この自己と適切な場の「存在論的な一致」が、次の時代に求められることなのです。

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『直感的な予測』

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 よく気象予報などで、観測史上初の出来事などという表現が使われます。つまり「まれに見る出来事」ということです。しかしその観測記録が10年間のデータだったとして、これを100年間のデータに伸ばすと「頻繁に起こる出来事」に過ぎなかった、ということがしばしば起こります。これは短期的な結果と長期的な結果の価値づけに大きな違いが出ることを示しています。つまり逆の結論に至っているということです。
 こういったことは、偶然の余地を多く含む気象学や経済学の分野でよく起こると言われています。偶然の余地が入りやすい世界の結果は、短期と長期では反転しやすいということです。ならば人生というほとんど「偶然の連続」で成り立っているような世界では、短期と長期の「価値反転の法則」が大きく横たわっている。極端にいえば短期的に良いと判断したものが、長期的には悪い結果となってしまう。
 例えば、ここ30年で社会的に良しとされ、多数が認めた舵取りによって社会は大きく傾きました。この事実はまさに統計学的な逆説を示しています。微分方程式において安全な選択が、長期的な不安定をもたらした。数学者のポアンカレによれば、プロセスを省いて直接未来のゴールに至る能力が「直感」であると言っています。「逆説的な未来を見抜く力」は数学自体にはなく、ポアンカレがいう「直感」が必要になってきます。この「直感」を教育において根本的に鍛えなおすことが、これからの「社会の立て直し」にとって必要不可欠になる。それはほぼ間違いないことなのです。

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