『結果とプロセス』

イラスト こがやすのり Yasunori Koga

 結果主義という言葉があります。言葉通り結果が全てであり、そこに至るプロセスは問わない(手段選ばず)という姿勢です。この結果主義は数量化を前提とする現代社会の必然的な帰結ということもできます。なぜならプロセスは数量化しにくいからです。しかし人間は機械でもなければ肉体(数量化できるもの)だけで存在しているわけではありません。人間には精神や心もある。心は「数量化できる理屈」だけでは納得が生まれません。たとえば大事な人が事故で亡くなったとき、これこれこうで心肺停止になりました、では納得できない。なぜ死んでしまったのかという「意味」を問わざるを得ないからです。
 結果にあるようにみえる意味は実は幻想です。本当に意味があるのはプロセスです。たとえば山の山頂へ苦労して登ったとします。その道中にいろいろとある。そこに意味が発生します。そして最後に山頂へだどりつく。その時に感じる意味はプロセスが支えるものです。もしヘリコプターで一瞬でいけば、結果としての意味はほとんどありません。ゆえにプロセスが意味を作ります。そして機械ではない人の心は「意味を大事にしなければ病へと傾く」ことになる。だからこそプロセスが大事なのです。
 プロセスとは文脈ということもできます。一連の流れが今現在の意味を支えている。もし結果のために手段選ばずで来たとするならば、不適切なプロセスや文脈自体を無くしたやり方によって結果の意味が変質する。ゆえに「際限なく結果を求める」ようになる。しかし渇望が癒えることはありません。これが結果主義や成果主義の末路です。そしてそれが欲望と結びついていることも簡単に見て取れます。プロセスはそれ自体を楽しむものであり、結果よりも「意味を作り出す行為」です。結果は結果でしかないという余裕と距離感も生まれます。よって他人をうらやむことも奪うこともない。形骸化した資本主義は成果主義や結果主義を肥大化させました。そして意味を喪失し病理が蔓延した。その解毒剤として効果が高いのがプロセスを楽しみ、誰のものでもない「自分にとっての意味」を色濃く作り出すことです。結果などどこ吹く風。プロセス自体を楽しみましょう!

AUTOPOIESIS 279/ illustration and text by : Yasunori Koga
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