
人は自分の経験則をもとに未来を予測して動きます。まさかそんな大袈裟なことして生きていない、と思うかもしれません。しかし例えばグラスをテーブルから落とすと割れる。それが分かったら、次は落とさないようにする。あるいは嫌な思いをしたら、それに至るプロセスには近づかない。これらはみな過去の経験という既にある情報を吟味し分析している。つまり統計です。さらにこの統計情報から未来を「たぶん割れるだろう」と予測する。これが確率です。つまり統計と確率は似ているようで別の概念であり、また別概念であるが、深く関係しあっています。
自分の経験によってできた統計情報(一次情報)は、自分の未来予想(確率論)にとって有益なものです。つまりネットや他人の情報(二次情報、三次情報)ではなく、自分で接した一次情報がつくる「自分の統計情報」です。この情報の蓄積が未来の確率予測の精度を上げます。これが「直感」です。逆に言えば、他人やネットの二次的情報をいくら蓄積しても直感の精度は上がらない。逆に「ただの否定情報」の蓄積で感覚は二の足を踏むようになる。
人間は有機的な情報システム系です。機械とちがい全体的で感覚的な情報処理が最大の長所。微細な空気の揺らぎから、微妙な表情の変化まで、全体的に感じ取ります。もしネットの情報を先にいれて、目の前のことを「もう知っている」と判断したらどうか。全体的な感覚システムは閉じられ、一次情報は蓄積せず直感も働かなくなる。これが現代の問題です。
画家が目の前の失敗を大量に蓄積することで、失敗のルートを直感できるようになるように、「自分で感じた情報」を信用することで、統計と確率の有機的な繋がりが保たれ、未来の「確率論的な予測」(直感)の精度が上がっていくのです。
AUTOPOIESIS 281/ illustration and text by : Yasunori Koga
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