『ソラリス』

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「人は自分の潜在意識に対して責任を持てるのだろうか?」
(スタニスワフ・レム)

 ソラリスという惑星は、二つの太陽を周っている。ゆえに二つの引力の影響を受け、惑星内部の重力は不安定である。しかしソラリスに唯一存在する「海」が重力の安定化をはかっている。「海」は意志をもち、主人公たちの「抑圧されたイメージ」を物質的に具現化させる。心的抑圧による病理と、不安定なソラリスの重力は、共に「海」という安定装置によって補正される。しかし「海」という「超越的な存在」が意図することを、人類がはたして理解できるのか。数少ない登場人物にサイバネティックス学者を選んだところに、すでにこの小説のテーマが現れている。SF文学の頂点に位置する作品。

027『ソラリス』スタニスワフ・レム: Originally published in 1961
illustration and text by : Yasunori Koga

古賀ヤスノリHP→『isonomia』
日々の思考→『AUTOPOIESIS』
映画エッセイ→『Cinepheno』

『遊びと人間』

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「遊びと芸術は生命力の余剰から生まれる」
(ロジェ・カイヨワ)

 ホイジンガの「ホモ・ルーデンス」を着想に生まれた一冊。フランスの天才的評論家ロジェ・カイヨワによる「遊び」の徹底分析は、臨床心理学の分野にも活かされるほどの実践的な内容。遊びを「競争」「運」「模倣」「めまい」の四つに分類する。さらに「模倣」と「めまい」の結合が人間を原始的な状態にとどめ、その世界を断ち切り「競争」(才能)と「運」(挑戦)の結合世界を作ることが文明への道だとする。原始的な「模倣」と「めまい」が“仮面”によって結合するというくだりは、統合失調化する現代を一言で表している。決してホイジンガの「模倣」ではない、まさに文化遺産的な一冊。

026『遊びと人間』ロジェ・カイヨワ: Originally published in 1958
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『ホモ・ルーデンス』

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「遊びの精髄は、なんといっても規則を守ることである」
(ヨハン・ホイジンガ)

 この本は「遊びは文化よりも古い」という書き出しではじまる。「遊び」を歴史的、文化人類学的な視点から考察した内容は、この本から派生したフランスの『遊びと人間』(ロジェ・カイヨワ)より断然“面白い”。遊びはイメージを心の中で操ることからはじまり、利害関係を離れた行為として発達していく。規則の発生と反復可能性は、競技や戦争、裁判などの元型として今も機能し続けているという。人間の“楽しさ”の源泉となる「遊び」の基本原理が、規則を“自発的に”受け入れることにあるとする本書は、アクチュアルな幸福論として読むことも可能な名著である。

025『ホモ・ルーデンス』ヨハン・ホイジンガ: Originally published in 1938
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『柔らかい個人主義の誕生』

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「一定のしなやかさを保ち、しかし、そのなかに有機的な一貫性を守ることが美徳とされる」
(山崎正和)

 人間は目の前のものを早急に消費する動物段階から、消費を抑制し「貯蔵と蓄積」を目的とする生産活動(生産する自我)の段階へ。しかし貯蔵が目的化すれば際限がなくなる(現資本主義)。これに対し「消費する自我」は、消費を抑制しながらも、満足を引き伸ばしつつ楽しむ(消費する)。前者を支える自我を「固い自我」、後者を「柔らかい自我」とし、柔らかい自我による個人主義こそが、これからの時代に求められると説く。現代を予見した社会分析は鮮やかである。日本社会に適した個人主義を提案する、まさにこれからの一冊。

024『柔らかい個人主義の誕生』山崎正和: Originally published in 1984
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『音楽を語る』

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「芸術家と聴衆は、たがいに接近し接触してはじめて、一体となるのです」
(ヴィルヘルム・フルトヴェングラー)

 20世紀を代表する指揮者であり、クラシック界の哲学者と言えるフルトヴェングラー。彼の貴重な音楽理論を、対談形式で読むことが出来る。リストやワーグナーの時代より始まった「効果ばかりを狙う」ことへの批判。それに対してベートーヴェンが持つ、「非作為的な効果」への賛辞。その「作為なき創造」こそが、時代を超える言語だという。規格化された技巧は、芸術が持つ有機的なつながり(感情)を切断してしまう。内面的な必然性を強調する彼は、論理的でありながらも、やはり直感の人でもある。芸術の究極的なバランスが体感できる一冊です。

023『音楽を語る』ヴィルヘルム・フルトヴェングラー: Originally published in 1952
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『オリエント急行殺人事件』

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「あなたがどう感じ、どう思ったかをうかがいたいわけです」
(アガサ・クリスティ)

 ミステリーの名手、アガサ・クリスティの代表作。階級も国籍もさまざまな人が乗る豪華列車「オリエント急行」。その閉じられた空間で殺人事件が起こる。偶然列車に乗り合わせた名探偵ポワロは、その名高い推理力を武器に、解決不可能と思われる謎に挑む。何も考えずにひたすら没頭できる面白さ。しかし、そこには知的なセンスとヒューマニズムが散りばめられているのだ。ミステリーの古典と謳われる格調高き名作。

022『オリエント急行殺人事件』アガサ・クリスティ: Originally published in 1934
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『科学と方法』

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「確率とは蓋然の意であって確実の反対にほかならない」
(アンリ・ポアンカレ)

 方法とは「正しい選択」であり、科学とは有限な時間の中で“不毛な組み合わせを排除する”いわば「思考の経済」(マッハ)である。ポアンカレは、科学の前提をなす、数学と定理の発見方法から、論理学、力学、天文学をも丁寧に論じていく。そして、演繹を超える「直感」こそが全ての出発点であることを示唆する。確率論が明らかに不確実であると論ずる本書は、マーケティングやコンサルの前提に疑問符を突きつける。少々難解ではあるが、社会のあらゆる問題点を修正するに余りある“次元を超える”一冊。

021『科学と方法』アンリ・ポアンカレ: Originally published in 1908
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『群衆心理』

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「集団になれば個人の知能は消え失せる」
(ギュスターヴ・ル・ボン)

 群衆化した人はどのような心理に変化してしまうのか。いや群衆の中の個人は、心理自体を喪失する。そして感情も同一方向へと固定され、個人の知的判断は消え失せてしまう。そうなった人をル・ボンは原始人あるいは野蛮人と表現する。群衆は過剰に保守的になり、新しい事実を嫌悪する。そして刺激の赴くままに行動する。メディアに扇動されやすい現代人は、いつのまにか原始人に成り下がっているのかもしれない。容赦ないル・ボンの考察が個人主義へ道を切り開く、自由を確保するための一冊。

020『群衆心理』ギュスターヴ・ル・ボン: Originally published in 1895
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『生命とは何か』

古賀ヤスノリ イラスと
 
「ものごとは放っておけば自然に無秩序な状態へと変わってゆく」
(エルヴィン・シュレーディンガー)

 熱力学第二法則(エントロピーの原理)を世に知らしめた、シュレーディンガーの代表的な著書。生命と非生命の違いはなにか。そもそも生命とはなにか。これまでの統計に依存した物理学や化学では解明できなかった領域を、画期的な視点から分析する。複雑な有機化合物であり、高度な秩序を具えた“一団の原子”でもある生命体。その秩序を維持するシステムは「エントロピー回避」のプログラムを具えている。環境から秩序(低エントロピー)を吸収し、内部の無秩序(高エントロピー)を相殺することで生きる。生命維持欠かせない「交換の原理」は、あらゆる領域を正常化させる普遍的原理なのです。

019『生命とは何か』エルヴィン・シュレーディンガー: Originally published in 1944
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『建築はどうあるべきか』

アンドレ・ルロワ=グラーン「芸術家の直観力は、過度の機械化に対する矯正手段となるのです」
(ヴァルター・グロピウス)
 
 建築界の巨匠、ヴァルター・グロピウスによる文化芸術論。グロピウスは序文において、「市民は文化のシンボルとしてのアポロンの力(知性)を回復させるよう、要求されている」としいます。芸術家と理解ある大衆が一体となって、はじめて真の文化が形成される。そのためには、すべての人に「かたちを創造する能力」をよみがえらせる必要がある。過度な産業化によって失われた、「美を直感する力」を復活させ、見えなくなった全体を再び浮かび上がらせる。建築を超えて芸術文化の再生を説く、美のための建築論です。

018『建築はどうあるべきか』ヴァルター・グロピウス: Originally published in 1972
illustration and text by : Yasunori Koga

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