「世間」というものがあるらしいのです。「らしい」と書いたのは実態がどこにも見当たらないからです。実体はないが人々は影響を受けてしまう。それはミステリー小説のように、結果を残すも犯人分からずといった具合です。人々が集まると必ずどこからともなく現れ、場を支配する。これを吉本隆明さんなら共同幻想と呼ぶでしょうし、フロイトなら超自我と呼ぶかもしれません。とにかく実体のない曖昧模糊とした「世間」が場を支配している。もしミステリーなら、場を支配し、目をくらますトリックが必ずあります。見えない抑圧という幻影を消し去る方法。それは幻想が発生するトリックを見破ることにある。隠された次元を暴きだすには、やはり個人個人がポワロやホームズになるしかないのかもしれません。
AUTOPOIESIS 0001./ illustration and text by :Yasunori Koga
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