『悪について』 

古賀ヤスノリ イラスト こがやすのり
(創造できないひとは破壊することを望む)エーリッヒ・フロム

 エーリッヒ・フロムには世界中で読まれている『愛するということ』という、人間の愛する能力について書かれた名著があります。その『愛するということ』と対をなすとフロム自身が述べているのがこの『悪について』です。つまり愛する能力は善的な能力であり、それは「悪を理解したものの力」であるということです。この本では人間が「悪に向かう原理」と「善に向かう原理」が分析されています。実際によむと『愛するということ』を補完する内容になっていて、むしろこの『悪について』を読むことで『愛するということ』の本質がさらに理解できます。
 フロムは悪が発生する条件を、死への愛(ネクロフィリア)、悪性のナルシシズム、そして近親相姦的共生として、それら三つが組み合わさることで「衰退のシンドローム」が形成されると述べています。この逆にあるのが、生への愛(バイオフィリア)、良性のナルシシズム(ナルシシズムの克服)、そして独立心です。これらが組み合わさると「成長のシンドローム」を形成する。この相反する方向性は相関していて、どちらかへ向かうしかないということです。
 死への愛(ネクロフィリア)の特徴は、未来よりも過去、自由より規則、生物よりも無生物(動かないもの)に執着する。支配や権力(あるいは権力への服従)を好み、所有することでしか世界と繋がれない。機械的、組織的、数量的、操作的、消費的である。悪性のナルシシズムは、自己肥大化により自分しかみておらず、自分に関わることだけを過大評価し、それ以外を過小評価する。そして一切の正当な批判を受け付けない。集団化して「集団的ナルシシズム」を形成し、外に敵をみだし憎むようになる。近親相姦的共生は、母親への精神的な固着であり、独立心や自主性が弱体化した状態。それは母親への愛と保護の切望である反面、恐れの表現でもあるとフロムはいいます。これら三つが組み合わさると「衰退のシンドローム」が形成され、人を破壊のために破壊、憎悪のための憎悪にかりたてる。これがまさに悪です。
 このような「衰退のシンドローム」に陥らない方法が、生への愛(バイオフィリア)、ナルシシズムの克服(良性のナルシシズム)、そして独立心を発達させ、「成長のシンドローム」を形成することです。日々、バイオフィリア的な人や環境と関わり、創造や挑戦を続け、一体化(或いは群れ化)ではなく、自立した自己生産によって人間の証しである不安を克服していく。集団的ナルシシズムは知性的、芸術的なものの生産を目的とすれば、その現実的な創造プロセスによって抑制されるとフロムは述べています。
 悪の条件は特別なものではなく、人間がもつ性質の一側面であり、それが肥大化したものです。その傾向を抑え続ける努力をおこたると、誰もが「衰退のシンドローム」を形成する。それが集団化すればそこから出られなくなる。私たちは生きたものに触れ、それを愛し“独立した個人”同士が社会を形成し、全体として知性や芸術の枝葉を伸ば続けていかなければならない。エーリッヒ・フロムの『悪について』は「善と悪の原理」を宗教とは別次元にある精神分析学によって解き明かした、今こそ読まれるべき名著なのです。

029『悪について』エーリッヒ・フロム : Originally published in 1964

AUTOPOIESIS 124/ illustration and text by : Yasunori Koga
こがやすのり サイト→『Green Identity』

『フロリクス8から来た友人』

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「たぶん、ぼくは、ぼくたち自身のプロパガンダの犠牲なんだ」(フィリップ・K・ディック)

【あらすじ】

 高度な知能を有する<新人>と、テレパシー能力をもつ<異人>たちが支配階級を独占する22世紀。残る60億の<旧人>は、改ざんされた試験制度により、政治機構への参加が不可能となっている。飽和した構造を打開すべく、助けを求め宇宙へと旅立ったトース・プロヴォ―二。一方、救世主の降臨を待つ<旧人>のひとりニック・アップルトンは、黒髪の少女チャーリーに出会い、最高権力者の<異人>ウィリス・グラムと遭遇することになる。高度な文明をもつフロリクス星系人と巡り合ったプロヴォー二は、地球へと帰還する。その阻止をたくらむグラムは、<新人>の最高知能者エイモス・イルドに助けを求める。彼ら支配体制の抵抗をよそに、フロリクス星系人は、硬化した支配構造を、特殊な技術によって解体していくことになる。

外部からの解決

 飽和に達した構造は、内部からの修正が困難となる。身体が機能不全に陥り、新陳代謝が硬化すれば、あとは外部から人工呼吸器などの助けが必要になる。22世紀が舞台のこの物語も、<新人>と<異人>が交互に支配階級を占める構造が飽和に達している。これは民主主義や二大政党制の末路を暗示するもの。それらの体制が飽和に達した後は、外部からの助けなしには正常化出来ないことを示唆している。
 未来社会の政治的限界に対して、ディックが示したの解決策は「高度な文明を持つ知的生命体に助けを求める」というものである。地球では他の追随を許さぬ<新人>と、人の心を読む<異人>が、大多数の<旧人>を支配している。その構造を破壊するには、現状を超える文明と知性が必要なのである。
 大きな物語が進行する過程で、主人公ニックが日常を放棄せざるを得ない流れに巻き込まれる。彼はコンピューターがはじき出した「最も一般的な旧人」だった。つまり彼の振る舞いが<旧人>の振る舞いの代表でもある。彼は知的生命体とプロヴォ―二の「降臨」を待つだけの人生であり、ディックはそれを「信仰」に近い形で描いている。奇跡を信じて待つだけの<旧人>たち。実際にキリストと聖書を暗示する記述が随所にみられる。
 最も一般的な<旧人>である主人公。その平均的な生活を破堤へと誘う黒髪の少女チャーリー。彼女の存在によってニックの飽和した日常は破堤するとともに、動きに満ちたものへと変わる。あらゆる平均化したものが破壊しつくされた「最後に残るもの」がこの小説で描かれている。不可能を可能とするフロリクス星系人は、いったい何を暗示する存在なのか。それは一般化されることなく、個々人で直観することをディックは望んでいることだろう。

028『フロリクス8から来た友人』フィリップ・K・ディック: Originally published in 1970
illustration and text by : Yasunori Koga

古賀ヤスノリHP→『isonomia』

『ソラリス』

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「人は自分の潜在意識に対して責任を持てるのだろうか?」
(スタニスワフ・レム)

 ソラリスという惑星は、二つの太陽を周っている。ゆえに二つの引力の影響を受け、惑星内部の重力は不安定である。しかしソラリスに唯一存在する「海」が重力の安定化をはかっている。「海」は意志をもち、主人公たちの「抑圧されたイメージ」を物質的に具現化させる。心的抑圧による病理と、不安定なソラリスの重力は、共に「海」という安定装置によって補正される。しかし「海」という「超越的な存在」が意図することを、人類がはたして理解できるのか。数少ない登場人物にサイバネティックス学者を選んだところに、すでにこの小説のテーマが現れている。SF文学の頂点に位置する作品。

027『ソラリス』スタニスワフ・レム: Originally published in 1961
illustration and text by : Yasunori Koga

古賀ヤスノリHP→『isonomia』

『遊びと人間』

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「遊びと芸術は生命力の余剰から生まれる」
(ロジェ・カイヨワ)

 ホイジンガの「ホモ・ルーデンス」を着想に生まれた一冊。フランスの天才的評論家ロジェ・カイヨワによる「遊び」の徹底分析は、臨床心理学の分野にも活かされるほどの実践的な内容。遊びを「競争」「運」「模倣」「めまい」の四つに分類する。さらに「模倣」と「めまい」の結合が人間を原始的な状態にとどめ、その世界を断ち切り「競争」(才能)と「運」(挑戦)の結合世界を作ることが文明への道だとする。原始的な「模倣」と「めまい」が“仮面”によって結合するというくだりは、統合失調化する現代を一言で表している。決してホイジンガの「模倣」ではない、まさに文化遺産的な一冊。

book / 026『遊びと人間』ロジェ・カイヨワ: Originally published in 1958
illustration and text by : Yasunori Koga

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『ホモ・ルーデンス』

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「遊びの精髄は、なんといっても規則を守ることである」
(ヨハン・ホイジンガ)

 この本は「遊びは文化よりも古い」という書き出しではじまる。「遊び」を歴史的、文化人類学的な視点から考察した内容は、この本から派生したフランスの『遊びと人間』(ロジェ・カイヨワ)より断然“面白い”。遊びはイメージを心の中で操ることからはじまり、利害関係を離れた行為として発達していく。規則の発生と反復可能性は、競技や戦争、裁判などの元型として今も機能し続けているという。人間の“楽しさ”の源泉となる「遊び」の基本原理が、規則を“自発的に”受け入れることにあるとする本書は、アクチュアルな幸福論として読むことも可能な名著である。

book / 025『ホモ・ルーデンス』ヨハン・ホイジンガ: Originally published in 1938

古賀ヤスノリHP→『Green Identity』

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