『ファンタジーの泉』

イラスト こがやすのり Yasunori Koga

 一般にファンタジーとは空想や幻想の世界、神話や童話にあるような非現実の世界と理解さてれいます。たしかにファンタジーの世界は現実にはあり得ないものばかりです。しかしファンタジーの「役割」は現実的なもの。こどもは剥ぎ出しの現実に放り出される前に、ファンタジーという現実を豊かに暗示する「メタフィジカルな世界」に親しむ必要があります。また大人になっても映画や文学などでファンタジーに触れ日常のストレスを発散するひともたくさんのいる。
 こう考えるとファンタジーには「自我を守る機能」(傾いた自我を補正する機能)があることが分かります。理不尽な現実から心を守るシェルターとなりえるものが良質のファンタジーであり、特に子供が大人になる大事な時期に必要不可欠なものです。しっかりとファンタジーに守られた時間があれば、自我は柔軟性をもち、現実と創造性の二つのチャンネルを自由にオンオフできるようになる。
 現実と創造性のチャンネルがないと、片方が片方を否定する安易な一元論になります。すると現実で危機的な問題が発生するとファンタジーという足場がないので妄想性の障害が出やすくなります。妄想とは現実の豊かな暗示のない世界です。さらに全てを捨てて更地にしないと問題が解決しない場合(頭では解決不能な飽和状態の時)に、創造性が必要になり、チャンネルがないと破堤します。このように次元を超えた解決や前進が必要なときに創造性(ファンタジー)の「現実的な価値」が出てくる。ファンタジーは創造性を育み、現実を新たに組み替えるための豊かな泉である。この泉を豊かにしておくことが、心と世界の長期的な安定に繋がるのです。

AUTOPOIESIS 280/ illustration and text by : Yasunori Koga
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『結果とプロセス』

イラスト こがやすのり Yasunori Koga

 結果主義という言葉があります。言葉通り結果が全てであり、そこに至るプロセスは問わない(手段選ばず)という姿勢です。この結果主義は数量化を前提とする現代社会の必然的な帰結ということもできます。なぜならプロセスは数量化しにくいからです。しかし人間は機械でもなければ肉体(数量化できるもの)だけで存在しているわけではありません。人間には精神や心もある。心は「数量化できる理屈」だけでは納得が生まれません。たとえば大事な人が事故で亡くなったとき、これこれこうで心肺停止になりました、では納得できない。なぜ死んでしまったのかという「意味」を問わざるを得ないからです。
 結果にあるようにみえる意味は実は幻想です。本当に意味があるのはプロセスです。たとえば山の山頂へ苦労して登ったとします。その道中にいろいろとある。そこに意味が発生します。そして最後に山頂へだどりつく。その時に感じる意味はプロセスが支えるものです。もしヘリコプターで一瞬でいけば、結果としての意味はほとんどありません。ゆえにプロセスが意味を作ります。そして機械ではない人の心は「意味を大事にしなければ病へと傾く」ことになる。だからこそプロセスが大事なのです。
 プロセスとは文脈ということもできます。一連の流れが今現在の意味を支えている。もし結果のために手段選ばずで来たとするならば、不適切なプロセスや文脈自体を無くしたやり方によって結果の意味が変質する。ゆえに「際限なく結果を求める」ようになる。しかし渇望が癒えることはありません。これが結果主義や成果主義の末路です。そしてそれが欲望と結びついていることも簡単に見て取れます。プロセスはそれ自体を楽しむものであり、結果よりも「意味を作り出す行為」です。結果は結果でしかないという余裕と距離感も生まれます。よって他人をうらやむことも奪うこともない。形骸化した資本主義は成果主義や結果主義を肥大化させました。そして意味を喪失し病理が蔓延した。その解毒剤として効果が高いのがプロセスを楽しみ、誰のものでもない「自分にとっての意味」を色濃く作り出すことです。結果などどこ吹く風。プロセス自体を楽しみましょう!

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『情報の外へ出よう!』

イラスト こがやすのり Yasunori Koga

 世界は常に動いている。川は流れ続け、地球は回転し続けています。止まって見える巨木も緩やかに成長し、巨大な岩もいつかは崩れ去る。この変化する世界を止めて無変化にする方法があります。それが情報化です。走っている鹿を洞窟に描き固定させる。1万年以上前に描かれたアルタミラの洞窟画が今も残っています。これが動くものを固定する情報化の威力です。
 ネットで検索できるものやデジタルで扱えるものは、すでに情報化したものです。つまり本物をピン留めするように固定させた仮の像です。この仮像である情報は変化する本物と比べると、断片であり数字のような抽象という不確かさをもつています。しかし便利であることは間違いなく、文化の発達には欠かせません。現代はこの情報がデジタル化とネットによって世界を覆っている。
 人々が現実よりも、デジタル情報を鵜呑みに蓄積することが大半になると、ある現象が起こって来ます。つまり動いていた世界が止まってしまう。多様な意味は一義的に固定され、分類されたものは再編されず、数量化できないものは切り捨てられる。そして人の心も動かなくなる。これは情報化のマイナス面です。なので情報が便利な反面「ものの見方の固定」によって変化や可能性を失わせることを理解する必要があります。無変化な世界から脱出し、生きた世界を自分で認識する。そうすることで世界とこころは再び動き出すのです。

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『才能を開花させる方法』

イラスト こがやすのり Yasunori Koga

 あのひとは才能があるよね! そんなことを言う時があります。目の前にその人の結果がありその才能を認識して出たことばです。つまり「既知の才能」。これに対してまだ結果として出てはいないが、その人が潜在的に持っている才能というものがあります。ポテンシャルということばで示されるものです。これは「未知の才能」(潜在的な才能)です。この二つの才能はあるものによって繋がっている。「潜在的な才能」が「物理的な世界」(結果)として現れる道筋と、その道筋を流れていくものがある。
 その流れていくものは「才能のエネルギー」(心的エネルギー)です。よってこのエネルギーを抑えつけず、エネルギーの「自然な求め」に従い噴出させるための「条件」を整える必要がある。その条件は4つ。「環境」「人との出会い」「タイミング」「開かれた心」です。「環境」はポテンシャルを抑圧しない環境です。「人との出会い」は自分の才能を認知(発見)する他者(才能が世界に通用することを示してくれる人)からの影響。そして「タイミング」は適切な時(ここぞという時)に適切にエネルギーを使うこと。最後は、必要な知識や技術、偶然の要素や出会いなどを素直に受け入れる「開かれた心」です。
 ここにもう一つ、「自分の弱点」を正しく認識し受け入れるという重要な心的作業があります。自己の弱点を受け入れず拒んでいては、自己否定になるし長所は伸びません。長所と短所は表裏一体だからです。たとえば『サイレントウィッチ』(ライトノベル・アニメ)の主人公モニカは過度の対人恐怖症で人と話せない。その裏返しとして誰もできない「無詠唱魔術」を獲得する。無理して喋ることを諦め、受け入れたときに「新しいコミュニケーション」が獲得される。潜在的な才能は誰の中にもある未来可能性です。そのポテンシャルを阻害しない「環境」「出会い」「開かれた心」が世界への道筋をつくりだす。そして「自分の弱点」を受け入れ立ち上がった瞬間、心的エネルギーは世界へと流れ出し潜在的な才能は開花していくのです!

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「やりたい事をやる」

イラスト こがやすのり Yasunori Koga

 やりたい事をやるのが一番。これは誰にとっても正しい判断でしょう。意味的にもシンプルであり、心理学的、あるいは幸福論的にも正しい命題です。しかしこれだけ明白な指標であるにもかかわらず、実際はそれをやれていない人が少なくありません。それはなぜでしょうか。その原因の一つは「何がやりたいのか分からない」という「自己認知」の問題。もう一つはやりたいことが分かっていても、それを追いかけるときに現れる「心理的な抵抗」の問題があるからです。この二つは互いに影響しあい、やりたい事を妨げる。
 自分がなにをやりたいかを知るには、自分の心に聞いてみればいい。これは理屈ではなく直感判断に近いものです。直感は「論理的思考を閉じたときに立ち上がる」という相関性があり、ゆえに自分がやりたいことを理屈や損得で考えているうちは答えが出ない。もしくは答えが気づかないうちにズレていく。よってまずは自分の「純粋な心」で検索する術を回復させる必要があります。理屈、損得、忖度、といったものからしっかりと守られた環境で自分の直感を広げる。損得と迎合になれすぎた思考を、勇気をもって一度リセットすること。
 クリーンな心による直感判断になれてくると、少しずつ「やりたい事」や「好きなこと」が見えてくるようになります。やりたい事が自分の中に復活してきたら、それを追いかける。そのとき必要な知識や技術などの経験不足がブレーキ(事前抑制)をかけることがあります。しかしそれらは時間(通常の努力)が解決してくれます。それよりも問題は「失敗を恐れる」ことです。これは出来たことよりも出来なかったことを指摘されて育った人に発生しやすい。しかしこれも「やりたい事をやること」それ自体が目的(人生)だという意識をもてば、失敗とて大切な構成要素になる。忖度のない「クリーンな直感」と、成果よりもプロセスを楽しむ「自由な心」を大事にすれば、きっとやりたいことは向こうから近づいてくる。もうそこに自分を抑えつけるものはなにもないのです。

AUTOPOIESIS 276/ illustration and text by : Yasunori Koga
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