『情報の外へ出よう!』

イラスト こがやすのり Yasunori Koga

 世界は常に動いている。川は流れ続け、地球は回転し続けています。止まって見える巨木も緩やかに成長し、巨大な岩もいつかは崩れ去る。この変化する世界を止めて無変化にする方法があります。それが情報化です。走っている鹿を洞窟に描き固定させる。1万年以上前に描かれたアルタミラの洞窟画が今も残っています。これが動くものを固定する情報化の威力です。
 ネットで検索できるものやデジタルで扱えるものは、すでに情報化したものです。つまり本物をピン留めするように固定させた仮の像です。この仮像である情報は変化する本物と比べると、断片であり数字のような抽象という不確かさをもつています。しかし便利であることは間違いなく、文化の発達には欠かせません。現代はこの情報がデジタル化とネットによって世界を覆っている。
 人々が現実よりも、デジタル情報を鵜呑みに蓄積することが大半になると、ある現象が起こって来ます。つまり動いていた世界が止まってしまう。多様な意味は一義的に固定され、分類されたものは再編されず、数量化できないものは切り捨てられる。そして人の心も動かなくなる。これは情報化のマイナス面です。なので情報が便利な反面「ものの見方の固定」によって変化や可能性を失わせることを理解する必要があります。無変化な世界から脱出し、生きた世界を自分で認識する。そうすることで世界とこころは再び動き出すのです。

AUTOPOIESIS 278/ illustration and text by : Yasunori Koga
こが やすのり サイト→『Green Identity』

『才能を開花させる方法』

イラスト こがやすのり Yasunori Koga

 あのひとは才能があるよね! そんなことを言う時があります。目の前にその人の結果がありその才能を認識して出たことばです。つまり「既知の才能」。これに対してまだ結果として出てはいないが、その人が潜在的に持っている才能というものがあります。ポテンシャルということばで示されるものです。これは「未知の才能」(潜在的な才能)です。この二つの才能はあるものによって繋がっている。「潜在的な才能」が「物理的な世界」(結果)として現れる道筋と、その道筋を流れていくものがある。
 その流れていくものは「才能のエネルギー」(心的エネルギー)です。よってこのエネルギーを抑えつけず、エネルギーの「自然な求め」に従い噴出させるための「条件」を整える必要がある。その条件は4つ。「環境」「人との出会い」「タイミング」「開かれた心」です。「環境」はポテンシャルを抑圧しない環境です。「人との出会い」は自分の才能を認知(発見)する他者(才能が世界に通用することを示してくれる人)からの影響。そして「タイミング」は適切な時(ここぞという時)に適切にエネルギーを使うこと。最後は、必要な知識や技術、偶然の要素や出会いなどを素直に受け入れる「開かれた心」です。
 ここにもう一つ、「自分の弱点」を正しく認識し受け入れるという重要な心的作業があります。自己の弱点を受け入れず拒んでいては、自己否定になるし長所は伸びません。長所と短所は表裏一体だからです。たとえば『サイレントウィッチ』(ライトノベル・アニメ)の主人公モニカは過度の対人恐怖症で人と話せない。その裏返しとして誰もできない「無詠唱魔術」を獲得する。無理して喋ることを諦め、受け入れたときに「新しいコミュニケーション」が獲得される。潜在的な才能は誰の中にもある未来可能性です。そのポテンシャルを阻害しない「環境」「出会い」「開かれた心」が世界への道筋をつくりだす。そして「自分の弱点」を受け入れ立ち上がった瞬間、心的エネルギーは世界へと流れ出し潜在的な才能は開花していくのです!

AUTOPOIESIS 277/ illustration and text by : Yasunori Koga
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「やりたい事をやる」

イラスト こがやすのり Yasunori Koga

 やりたい事をやるのが一番。これは誰にとっても正しい判断でしょう。意味的にもシンプルであり、心理学的、あるいは幸福論的にも正しい命題です。しかしこれだけ明白な指標であるにもかかわらず、実際はそれをやれていない人が少なくありません。それはなぜでしょうか。その原因の一つは「何がやりたいのか分からない」という「自己認知」の問題。もう一つはやりたいことが分かっていても、それを追いかけるときに現れる「心理的な抵抗」の問題があるからです。この二つは互いに影響しあい、やりたい事を妨げる。
 自分がなにをやりたいかを知るには、自分の心に聞いてみればいい。これは理屈ではなく直感判断に近いものです。直感は「論理的思考を閉じたときに立ち上がる」という相関性があり、ゆえに自分がやりたいことを理屈や損得で考えているうちは答えが出ない。もしくは答えが気づかないうちにズレていく。よってまずは自分の「純粋な心」で検索する術を回復させる必要があります。理屈、損得、忖度、といったものからしっかりと守られた環境で自分の直感を広げる。損得と迎合になれすぎた思考を、勇気をもって一度リセットすること。
 クリーンな心による直感判断になれてくると、少しずつ「やりたい事」や「好きなこと」が見えてくるようになります。やりたい事が自分の中に復活してきたら、それを追いかける。そのとき必要な知識や技術などの経験不足がブレーキ(事前抑制)をかけることがあります。しかしそれらは時間(通常の努力)が解決してくれます。それよりも問題は「失敗を恐れる」ことです。これは出来たことよりも出来なかったことを指摘されて育った人に発生しやすい。しかしこれも「やりたい事をやること」それ自体が目的(人生)だという意識をもてば、失敗とて大切な構成要素になる。忖度のない「クリーンな直感」と、成果よりもプロセスを楽しむ「自由な心」を大事にすれば、きっとやりたいことは向こうから近づいてくる。もうそこに自分を抑えつけるものはなにもないのです。

AUTOPOIESIS 276/ illustration and text by : Yasunori Koga
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『諦めないこと』

イラスト こがやすのり Yasunori Koga

 「諦める」とは諦めていない状態を放棄すること。たとえば希望や求めるものを諦める。理想状態や健全な状態を手放す。これらの根底にあるのは「挑む力」や「押し返す力」の喪失です。つまり「諦める」とは「内発的な力」を失うこと。もっと単純化すると「心の力」を失うこと。ゆえに「根本的な諦め」は「心身の喪失」と「理想や夢の喪失」という二重の深刻な状態を意味します。よって「根本的な諦め」だけは阻止しなければなりません。
 よく「諦めが悪い」と言うことがあります。これは不自然な拘りによって本人が長期的にマイナスになるような「諦め切れなさ」です。たとえば過去の受け入れができない、不可能な目標を追い続ける、自分の非を認めない、などということが「諦めの悪さ」です。これとは逆に死守しなければ、長期的にその人をピンチに追い込むことになる事柄に関しては、決して諦めてはならない。たとえ目標へ到達しなくとも、諦めてはならない。
 そういったものを「諦めない」ことは、時に苦労や問題を発生させることもあります。しかし「根本的な諦め」によって発生する「枯れ果てた世界」に生き続けることに比べれば、大した苦労ではなりません。「枯れ果てた世界」に生きることになると、自己正当化のために諦めない人を攻撃し、価値をおとしめ、仲間を増やそうとします。そうなるまえにギリギリのところで踏ん張り、逆噴射をかけ、小さくなった目標を再び追いかける。到達するかは問題ではありません。向かい風に逆らって進むとき、どんな人であれ必ず内側からエネルギーが発生する。それこそが目的なのです!

AUTOPOIESIS 275/ illustration and text by : Yasunori Koga
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『創造的転位⑤』

イラスト 古賀ヤスノリ Yasunori Koga

 創造性とは無意識を含めた「本当の自分」と、自分にとっての「意味のある素材」との化学反応のことである。それは既にあるものではない、新しい世界の誕生に関わること。自分自身がこの世界と関わり変化を続けている証でもあります。創造によって変化しながら進むことで、現状維持とは違った風景が流れ出す。流れることで時間が動き心も動き出す。そして動き出すものだけが未来へと続く道を歩むことができる。
 未来とは今現在知りえないものの総体です。つまり予測できたり、あらかじめ決定できるものは真の意味で未来ではありません。予定調和の外が本来の意味での未来。そしてその未来にしか咲かない花がある。この花は、今現在には咲いておらず、また過去にも咲いていない。その花がどんな花であるか今現在はわからない。創造性とのアクセスで、真の未来と繋がった道を歩むことでしか見ることができないのです。
 創造性は未来へ至る原動力であり、未来の花を咲かせる魔法のようなものです。今現在から観る「未来の花」とは個々人だれもがもっている創造力と、未来にしか発動しない希望や好奇心、積極性などが一体となって出来たイメージのようなものです。そのイメージはいつかきっと具体的な形となって現れる。もちろんそこに至るには、惜しみない努力や創意工夫、諦めない心なども必要です。逆にいえばそれらを要求する力を未来の花は持っている。その花に少しだけでも近づいてみたい、そういった気持ちが創造の始まり。そして創造的転位のはじまりなのです。

AUTOPOIESIS 274/ illustration and text by : Yasunori Koga
古賀ヤスノリ サイト→『Green Identity』

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