『部分と全体』

イラスト 古賀ヤスノリ Yasunori Koga
 物事はすべて部分と全体で出来ている。人なら頭や体、足などの部分によって全体が出来ています。あるいは顔は目や鼻や口から出来ている。体の中だと心臓や肺といった部分によって全体が出来ています。当然ですが部分は全体の一部であり“全体のために存在する”ものです。よって部分が全体にとって代わることはありません。もし部分が全体にとって代わるとどうなるでしょうか。
 たとえば建物の部分である屋根がどんどん大きくなるとどうでしょう。最後には建物の全体が支えきれずに潰れてしまいます。あるいは生命活動の一部である「食べる」という部分だけが肥大化すれば健康を害するでしょう。さらに生活の一部である「仕事」を熱心にやりすぎて、生活が仕事に従うという逆転が起こると問題が発生します。このように、「部分が全体を侵食する」とあらゆる領域で問題が発生してきます。
 「部分と全体の転倒」は部分に熱心になりすぎて「全体を見失う」ことで起こります。その原因は「部分への固執」ともいえるし「全体からの逃避」ともいえます。あるいは全体のシステムにたいする責任から逃れるために、部分という歯車(部品)に“成りすます”ともいえるでしょう。人が人生全体よりもある事がらに執着(依存)したとき、あるいは集団が「人としての倫理」よりも組織防衛を優先したとき、あるいは生命活動よりも小さながん細胞が自己増殖を優先したとき、成長のベクトルは逆向きとなる。「部分と全体の関係」をチェックする仕事は、なにを差し置いてもなされるべき重要な仕事なのです。

AUTOPOIESIS 248/ illustration and text by : Yasunori Koga
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