『文明の逆走』

 人間は文明を築き、科学を発達させながら今日に至っています。その間、大きな戦争や原発事故など、お世辞にも文化的な動物とは呼べない事態が定期的に起こっています。これは文化の発展を阻害する要因であることは間違いありません。よく戦争によって医学や工学が発達したと言い、戦争を肯定する人がいます。しかしそれは悪い結果に足場を組んだ「悪質な考え」であって、戦争を回避できる知性があれば、戦争で必要となるレベルをはるかに超える「人類に役に立つ発明」がなされていたに違いありません。  
 文明に対する逆走。逆走が危険なことは道路を想像するだけでも明らかです。逆走の代償はとてつもなく大きい。なぜなら逆走しないことを前提に物事が動いているからです。生物の進化とて基本的に逆走はない。しかし人間は歴史的に逆走を繰り返しています。当然その代償は大きく、歴史的な事件として現れます。このような逆走はなぜ起こるのでしょうか。
 たとえばこれを、個人の問題として考えてみます。ある人が、希望をもって計画を立て、実行していく。計画では(たとえば一年で)今の状況を脱出し、目的の場所へ到達する。順調に進むにつてれ目標地点が近づいて来る。しかしある地点まで来たところで、急に向きを反転させてしまう。たとえば「やっぱり今のままがいいや」とか「次の場所で失敗するかもしれない」といった理由を作り出して。そして今来た道を逆走し始める。これが個人の逆走プロセスです。  ここで問題となるのが、逆走した本人は、逆走しているとは思っていないということです。向きを変えただけで、今まで通り「進んでいる」(直進している)と思っている。向きを変えたポイントだけが強く正当化(隠ぺい)されている。人間は正当化したところが盲点となります。途中でUターンして出発点に戻る。矢印が最初に連結されると一つの環ができます。そして永遠にループすることになる。

古賀ヤスノリ 人物画

 この「繰り返しの環」は蛇が尻尾をくわえたウロボロスの構造です。つまり自己言及的な「パラドクス構造」です。ある地点で超えなければならない壁があり、それを超えられずに踵を返し逆走するとウロボロスの構造が出来ます。この構造内に出口はありません。さらに問題なのは、自己言及的な構造内のエントロピーは増大するということです。簡単に言えば「内部は崩壊する」。歴史的に言えば、科学技術の急激な発達に、人間の「精神的な成熟」が追い付かない時、新しい目的地が暗示されるが壁を恐れて逆走してしまう。戦争も巨大な事故も「未熟な精神」が「次元の壁を越えられない」ことから起こると考えられます。
 「文明の逆走」が起こらないようにするには、科学技術の急激な発達に対し「人間の精神」を成熟させなければなりません。その前提となるのが「科学の発達に人間の精神が追い付いていない」という正しい認識です。その前提なくして、「文明の逆走」を回避するための「精神的成熟」を手に入れることは出来ません。
 現在はウェブ革命によって、グーテンベルク以来、最大の情報革命が起こっています。いまのところ急激な情報技術革命に「精神の成熟度」が追い付いていない状態です。操作しているようで実際は翻弄されている。そして世界的にみても、政治から経済にいたるまで「文明の逆走」が始まっています。このUターンがウロボロスを形成すると、下手をすると戦争にすらなりかねない。私たちは本物の知性を獲得し、この「文明の逆走」を何とか食い止めなければなりません。それは政治でも宗教でも経済でもない「個人の意思」から始まるものなのです。

AUTOPOIESIS 0040/ painting and text by : Yasunori Koga
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