『個性とはなにか』①

古賀ヤスノリ イラスト こがやすのり

 「個性」という言葉を日常でよく目にします。しかし「個性」というものをはっきりと理解して認識している人はそう多くはないはずです。そもそも「個」はその反対にある「全」という概念に支えられています。たとえば全体主義といえばその中に固有の性質は許されない。個性のない同質の全体とは、つまり「無個性な集団」ということです。そして個性とはそのような「無個性」から際立つ何かを持つ性質のことです。
 一般に個性的と言われる人でも、他人と同じ部分、同じ共通する性質を持っています。その部分はゼロとして相殺し、残った部分がその人の特徴であり個性として他人へと伝わります。よって、もし他人と違うところを自己否定すれば、その人は「無個性」になっていきます。
 「無個性」な全体主義のなかに溶け込めば、安心だと考える人もいるかもしれません。しかしそれは、他とはちがう“確実に自分自身だ”という「自己の存在証明」が消えてしまうことを意味します。この「無個性」な全体主義への埋没は自己逃避であり、その意味では「個性の身投げ」ということも出来ます。安心と引き換えに個性という「自己の存在証明」を放棄するわけですから。
 「無個性」の全体主義は、古来、神話や文学が「虚無」や「暗黒」というイメージを使ってメタファー化してきました。人間は「個」を守り、そこへエネルギーを注ぎ続けなければ「虚無」(或いはエントロピー)へ傾いてしまう。「個性」とは「全体」との“違い”であるとともに、「虚無的な負の安定」と「自己」とを“区別する力”を示すものです。無個性への流れを食い止めるためには、「個性」を守り、磨き続ける必要があります。そしてその活動自体が「個性」の性質そのものなのです。

AUTOPOIESIS 0093/ illustration and text by : Yasunori Koga
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