他人からまったく影響を受けずに、何かをゼロから作りだすことは出来ない。オリジナルなものを作る時でさえ、その要素や着想は必ず「すでにあるもの」である。それは自然のものや人工物、あるいは他人が作ったものである。
それではオリジナルではないではないか。そういう人もあるかもしれない。しかしそうとも言えない。創作の世界で言われるオリジナルとは、発想やアイデアであり、それは物質的な見た目ではなく精神的なもの、思想的なものを指している。よって表面的には似ているが、それぞれがオリジナルであるという場合も発生する。また逆に表面的には違うが、着想やアイデアがほぼ同じということもある。
人がただ生きるだけではなく、何か自分のものを作ろうとすれば、必ず「すでにあるもの」から素材やアイデアを集めることになる。そして集めたものを自分の感性で再構成していく。そこに自分の経験や考え方などを上手く反映できればオリジナルな作品になっていく。ここには「自分以外のもので自分のものを作る」という矛盾がある。その矛盾を統合するプロセスが創造である。
自分以外のもので自分のものを作る。これは矛盾である。この矛盾から起こる葛藤との戦いが芸術である。その闘い方に個性がでる。もし他の影響を恐れ、出来るだけ自分の内側にあるものだけで作ろうとすればどうか。ラクで想定内のものが出来はするが、そこには矛盾も葛藤との戦いもない。綺麗であるが芸術ではない、という作品はそういったものである場合が多い。
戦いや葛藤といったエネルギーなど微塵も表に見えない芸術もある。まさに凪のような静けさをたたえた名画である。しかしそれらも強力な「抑制という葛藤」のもとに作られている。オリジナリティは表面ではなく内面にある「矛盾の統合」とその闘い方によって発揮される。
葛藤は内的矛盾から生まれる。これはある意味でストレスを伴う。ゆえに戦いである。創作にはこのような葛藤との戦いが必要な時が必ず来る。安定したスタイルでノーストレスで作品を量産する。それは充実した時期である。しかし必ず飽和に達する時がくる。その飽和の壁を破るには、矛盾となる「次の要素」を受け入れ「新しい統合」を目指すしかない。
同じことの繰り返しは必ず飽和に達する。部屋もパソコンも放っておくと必ず散らかる。それは人間の心や生き方も同じことである。その散らかりを一挙に相殺するのが「矛盾の統合」である。自分自身がオリジナルであるためには、他者(あるいは異物)を他者として受け入れ、内的葛藤を統合しなければならない。つまり自分自身をしっかりと維持する手立ては、「矛盾の統合」という芸術的な創造以外にはないのである。
AUTOPOIESIS 101/ illustration and text by : Yasunori Koga
古賀ヤスノリのHP→『Green Identity』