物事は比較によって立ち現れる。たとえばグリーンという色はグリーンだけでは認識できず、他の色との比較で立ち現れます。つまり「関係」によってはじめて認識されるということです。色だけではなく、すべての物事はこのような比較による「関係」によってしか認識することができません。しかしただ単純に比較するだけでは正しい認識に至らないものもあります。
例えば道行く人を比較してみる。みんな「歩く」という行為は同じです。しかし見たままの単純比較から、個々の「意味的な比較」に切り替えると全く違った結果が得られます。ある人は事故で歩けなくなり、リハビリの末に歩けるようになったかもしれない。するとその人は歩けるだけで幸福感を味わっている。しかし別の人からすれば当たり前の行動にすぎない、というになります。
物事の意味は文脈によって決まります。よってある部分だけを切り取って単純に比較することはできない。別の言い方をすると「数量化できないもの」は単純比較ができないということです。よって個々の生き方にはそれぞれの物語があり、部分的な単純比較で何かを結論づけることは、はまさに「意味がない」(意味が消え去る)のです。逆にいえば「単純比較」という物質主義の視点を退けることで、個々人の物語(自分にとっての意味)は復活するのです。
AUTOPOIESIS 201/ illustration and text by : Yasunori Koga
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