『予定調和について』

イラスト 古賀ヤスノリ Yasunori Koga

 予定調和とは予測の範囲内から出ない世界観を示す言葉です。つまり「ああすればこうなる」という予測できる世界観。別の言い方でいえば、原因と結果を繋げる考え方(決定論)です。この予定調和の世界観にある程度依存することで、人は安心して日々の生活を送ることが出来ます。
 しかしこの予定調和の世界観は、偶然に発生するものや、長期的に現れるものを排除することで成立した世界観です。よって予定調和に依存し過ぎると、突発的な問題に対応できないし、またそうであるがゆえに、偶然や理解不能なものへの拒絶反応も起こります。つまり予定調和の世界への安心の裏には不安の抑圧がある。
 フロイトは抑えつけたものは必ず浮上してくると言っています。予定調和の世界を維持するために必要な不安の抑圧は、必ず決壊を破られる。最近のマンガやアニメに、ただの悪者ではない「うかがい知れない怪物」が敵とし現れてくるのは、この予定調和のツケがイマジネーションとして噴出していると考えることもできます。
 予定調和とはパラダイムといってもよいものです。パラダイムとはその時代の支配的なものの考え方で、発想のバイアスのようなものです。人々がもつ予定調和はパラダイムというバイアスであり、すべてをその世界観にあうように見てく。またその世界観に不都合な事実は観なくするか歪曲することもあります。そうなれば現実よりも予定調和の世界を信じることになる。こうなると宗教の信者のようになってしまします。
 科学哲学者のカール・ポパーという人が、科学とは反証可能性をもつことで成立するといいました。これはつまり絶対的に思える科学でも、修正すべき統計的な現実が出てきた場合は、自らを修正する態度が科学である、ということです。予定調和を絶対化すると宗教化するように、科学を信仰している人は多い。しかし科学は途上でありつねにバージョンアップの必要があります。これは予定調和の世界観も同じく、その世界を安定させるために「不確定要素」を許容する必要があります。そうして出来た新しい構造には、不安や抑圧が存在できる余地がなくなっているのです。

AUTOPOIESIS 267/ illustration and text by : Yasunori Koga
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