植物の種があるとします。何の種であるか、どのように育つかはまだ分からない。その種を土にまき、水と光を与え続ける。すると芽が出て少しずつ枝葉が伸びて植物らしくなってくる。やがて大きく育ち、美しい花が咲いたとします。ここにきて初めてその種がどのような植物で、どのような花が咲くのかが分かります。
人の才能も同じように、最初はどのような才能があるか分かりません。いろんなことを試してみて、得意なことや不得意なことが分かってくる。そして得意なところへ水と光を与えていく。すると期待以上に大きかったり、立派だったりする。もちろんそれがはっきりするには「根気よく育てる」必要があります。どんな花が咲くか見てみたい、という気持ちが育てる原動力です。
絵を描くときに、完成イメージが決定している「技法」に従い描くことがあります。これは既にどのような花が咲くか(未来)が分かっていて描くようなものです。その意味では「自分の才能を育てながら描く」こととは違います。つまり技法の習得と才能を育てることは全く別のこと。もっといえば逆のことなのです。よって技法だけを学ぼうとすれば、その人の才能は育たなくなる。これは絵の講師を経験して気付いたことです。よって教室での技法は最小限にとどめ才能(能力)を伸ばすことに時間をあてています。「既にある技法」ではなく、才能を伸ばすことで必然的に生まれる技法こそが大事なのです。
AUTOPOIESIS 192/ illustration and text by : Yasunori Koga
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