『創造的転位 ①』 

イラスト 古賀ヤスノリ Yasunori Koga

 よく「現実逃避」などと言います。現実の辛さやストレス、受け入れがたいことなどを拒絶し、現実が届かないところへと逃避する。小さなストレスを取るためのプチ逃避は、食事や買い物、好きな音楽や映画、多様な趣味などがあります。これらは健全は逃避で、現実へ戻れるので問題はありません。逃避が問題になるのは、現実に意思が立脚しておらず、非現実的な逃避場所を中心としてしまうことです。そうなれば必ず現実に問題が発生してきます。
 現実を否定して逃避場所へ一歩後退する。つまり中心とする場所を非現実へ転位させる。これを「逃避的転位」と名付けるとします。この「逃避的転位」の最大の問題は中心が後退することです。では後退がだめなら前進ならどうか。中心を現実ではなく前進した先へ置く。そのことで相対的に現実は後ろになり、むしろ逃避場所に降格する。これなら問題はありません。
 現実にたいする前進とはなにか。それは「創造性」へのアクセスです。まだ現実にないものを作り出す。あるいはその可能性に挑戦する。よってただの技術的反復や模倣では現実を後退させるこはできません。それらが創造とは区別される所以はここにあります。創造性には「本質的な個性」と素材(或いはテーマ)との化学反応が必要です。そのためには無意識を含めた「自分自身を知る」ことが必須となる。「本当の自分」が新しいものを作り出そうと挑戦を続ければ、中心が創造性に転位し現実は後退する(創造的転位)。当然現実のストレスも苦悩も遠くに離れてしまう。真の意味での創作が精神的な安定をもたらすことは自明なのです。
 次回は「創造的転位」に必要不可欠な「無意識の認知」について考察していきます。

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『自己表現について』

イラスト 古賀ヤスノリ Yasunori Koga

 自己表現という言葉をSNSなどでよく目にします。その意味を簡単にいえば「自分の表現」です。しかしたとえば人からこう言いなさいと命令されて「私は善人です」と叫んだ場合、これは自分の表現になるのか。あるいは周囲が悪人ばかりで忖度して自分も悪い行動をした場合、それは自分の表現とよべるか。という問題があります。これは外部に表現の原因があるので、その人の表現とは呼べません。つまり「外的な圧力や忖度による行動」は、自分の表現にはなりえないということです。
 この問題はたとえばサブカルチャーであるマンガの二次創作やコスプレなどのにも潜んでいます。誰かが作ったキャラクターをつかって自分の表現をする。これらの表現はもちろんその人が行っているので、名目的にはその人の表現です。しかし先ほどの視点でいえば100%そうともいえないところが残ります。自分の表現と呼べるには、表現する対象よりも「自分自身が主体である」ときだけです。なので、二次創作であれ、コスプレであれ、その対象(モチーフ)よりも自分自身が大きくなくてはならないことになります。ここに二次創作での自己表現の難しさと、新しい可能性(創造性)もあります。
 自己表現となりえるには、対象との化学反応が必要です。しかも対象に従属せずに「自分が主体を確保する」必要があります。自分の個性が飲み込まれず、服従せずに表明されている状態です。そこに「自己と他者との対話」の可能性がうまれる。「本当の自分」を少しでも表現によって知ってもらい、相手のそれも知ることが出来る。これが本来のコミュニケーションです。社会学者のデイヴィッド・リースマンは、過剰な忖度(承認依存)により逆説的に「孤独な群衆」が作られると言いました。そんな時代に真の自己表現を追求することは、根本的な孤独を解消する最も効果的な処方箋になりえるのです。

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『新しいアイデンティティ』

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 アイデンティティとは発達心理学者エリクソンの言葉で、自己が社会的な役割や外部との関係において作られる安定状態を指します。これはつまり自己単独でのあり方ではなく、社会との関係的な安定を意味しています。この意味では人間関係もアイデンティティに関わっているし仕事や趣味なども関わっている。よって関係先である環境が変化するとアイデンティティが揺らぐということも起こってきます。
 例えば社会の価値観が大きく変わることでアイデンティティが揺らぐ。それまで一つの会社で長く働くことが美徳とされてきた価値観が、働き方の多様性で激変しました。あるいはネットの発達で暗記科目に時間をさく意味が窮地に追い込まれています。またデジタルで作り出す絵やデザインがAIで瞬時に作り出され、制作者はこれまでの意味を問われています。このような変化はアイデンティティを揺るがす要因となります。
 アイデンティティを形成していた環境が変化したとき、その変化に適応できれば新たなバランスを獲得できます。そのためには「自分が変わる」必要がある。もし過去のアイデンティティに固執していれば変われず、不安定化に入ります。この変化への適応に大切なことは「意味的な適応」です。これまでの意味とこれからの意味を考える。それが理解に達した時に進化(変化)を自らに許すことができる。これは言葉による知的理解です。自己の価値観の揺らぎは進化の前触れであり、それを意味的に理解することで、新しいアイデンティティは獲得されていくのです。

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『予定調和について』

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 予定調和とは予測の範囲内から出ない世界観を示す言葉です。つまり「ああすればこうなる」という予測できる世界観。別の言い方でいえば、原因と結果を繋げる考え方(決定論)です。この予定調和の世界観にある程度依存することで、人は安心して日々の生活を送ることが出来ます。
 しかしこの予定調和の世界観は、偶然に発生するものや、長期的に現れるものを排除することで成立した世界観です。よって予定調和に依存し過ぎると、突発的な問題に対応できないし、またそうであるがゆえに、偶然や理解不能なものへの拒絶反応も起こります。つまり予定調和の世界への安心の裏には不安の抑圧がある。
 フロイトは抑えつけたものは必ず浮上してくると言っています。予定調和の世界を維持するために必要な不安の抑圧は、必ず決壊を破られる。最近のマンガやアニメに、ただの悪者ではない「うかがい知れない怪物」が敵とし現れてくるのは、この予定調和のツケがイマジネーションとして噴出していると考えることもできます。
 予定調和とはパラダイムといってもよいものです。パラダイムとはその時代の支配的なものの考え方で、発想のバイアスのようなものです。人々がもつ予定調和はパラダイムというバイアスであり、すべてをその世界観にあうように見てく。またその世界観に不都合な事実は観なくするか歪曲することもあります。そうなれば現実よりも予定調和の世界を信じることになる。こうなると宗教の信者のようになってしまします。
 科学哲学者のカール・ポパーという人が、科学とは反証可能性をもつことで成立するといいました。これはつまり絶対的に思える科学でも、修正すべき統計的な現実が出てきた場合は、自らを修正する態度が科学である、ということです。予定調和を絶対化すると宗教化するように、科学を信仰している人は多い。しかし科学は途上でありつねにバージョンアップの必要があります。これは予定調和の世界観も同じく、その世界を安定させるために「不確定要素」を許容する必要があります。そうして出来た新しい構造には、不安や抑圧が存在できる余地がなくなっているのです。

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『摂動の回避』

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 摂動とは小さな惑星が大きな惑星の引力の影響を受けて運動が乱される現象をいいます。天体の場合は質量差が大きいと、小さいほうは摂動を受けます。この摂動は実際に押して影響を与えることと違うのがポイントです。これは物理学の話ですが、心理的にも同じ現象があります。そもそも離れたもの同士の「影響」とは平行関係では発生せず、つねにそこには大小差(サイズ比)があります。そしてもう一つは距離です。いくら大きい天体でも離れていればその引力に巻き込まれることはありません。
 小さな天体の運行にとって大きな天体は危険な存在になりえる。そもそも惑星の誕生が、中心にできた引力が周囲の隕石を取り込んで、質量をあげていくプロセスをたどります。大きくなった天体は強力な引力をもちさらに周囲を取り込む。つまりその大きさは外部をからめ取ってできたものです。人間の世界では成功者にみえる証が「数」と思われている所と似ています。損得判断で動く人は、それに引き寄せられます。しかし確実に摂動に巻き込まれる。
 摂動に巻き込まれると大きな天体の一部になります。この状態は自己逃避的な人には安心と誤認され、「精神的搾取」の構造ができます。摂動を利用する者がいる反面、自己放棄として摂動に身を任せる人もいる。もちろん摂動に抗う人もいます。たとえばアニメがヒットした漫画の原作者が、アニメの完成度から相対化を受けそれに耐える。摂動をうけるとバランスを崩し連載休業に追い込まれます。この摂動と搾取の構造を回避し、より適切な摂動の相互作用を作ることが望ましい。巨大で良質な引力が影響を与えつつも、小惑星を拘束しない関係(支配のない引力)が保てるなら、小惑星は摂動の力を借りて強力な力を宿すようになるのです。

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