『アリアドネの糸』

古賀ヤスノリ イラスト こがやすのり

 英雄テセウスは怪牛ミノタウロスを退治するために迷宮に入ろうとする。しかし一度迷宮に入ると出られなくなるかもしれない。そんなとき、テセウスはミノス王の娘アリアドネから迷宮脱出の知恵を借りる。一本の糸を迷宮の入り口にかけ、それをたらして進みミノタウロスを退治したあと、その糸をたどって外へ出ればよい。そうしてテセウスは無事に迷宮から脱出する。
 迷宮とは「出口のないパラドクス」を示しています。物理的に考えて出口がないのなら入口もないはず。入口がないのなら外から入ることができない。このことから、もし出られない構造の「中」にいる場合は、出口がないのではなく、出入り口へ辿っていく「順序」が分からなくなっているということです。一見どうにもならないと諦めてしまうような事でも、じつは必ず出入り口がある。そこへ至るにはアリアドネの糸が必要です。
 迷宮に入る以前の状態は、正常な自分の状態です。そして知らぬ間に迷宮へ入ってしまう。人間だれしも失敗はある。そんな時にアリアドネの糸があれば、どんなに迷宮の奥底にいたとしても、その糸をたどれば必ず以前の状態へ戻ることができる。ではいったいどのようなものがアリアドネの糸となりえるのか。それは蚕が糸を紡ぎだすように、自分自身で紡ぎだす「自分の糸」です。
 自分自身が日々「自分の糸」を作り出していれば、なにかのキッカケで迷宮に落ち込んでも、必ず自分の手元に糸がある。どんなに複雑な状態に入り込んでも、自分との繋がりのある糸があれば必ず戻れるのです。そしてこの糸に象徴されるのが「自分の表現」です。絵や音楽や詩といった自己表現の糸を、日々切らさずに紡ぎあげていれば、迷宮に迷い込んでもその糸をたどって戻ることができる。
 「自分の糸」はただ社会や他人に従うだけでは紡ぐことができません。なぜなら自分と切れてしまうからです。「自分の糸」とは自分と繋がりのある糸です。つまり「自分の表現」を続けることが、あらぬ世界へ落ち込んだ時のただ一つの脱出方法です。もし「自分の糸」を紡ぐことなく迷宮に落ち込んだら、専門家の手を借りることになる。そして自分と糸の繋がりを作りなおし、そこから脱出することになる。
 自分自身が紡ぎだす「自分の糸」。その糸がしっかりと自分自身と繋がっていれば、どんなに深い迷宮に迷い込んでも必ず脱出できる。それがどんなに細くて人とは違った糸であっても。自分との繋がりのある「自己表現」こそが「アリアドネの糸」であり、それは自分自身であるための命綱です。表現は他者から評価されるためにあるのではなく、自分自身を助けるためにこそある。私たちはアリアドネの糸を、自分自身で創り出すことができるのです。

AUTOPOIESIS 118/ illustration and text by : Yasunori Koga
古賀ヤスノリ のHP→『Green Identity』

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