数あるギリシャ神話のなかでもナルキッソスの話しは特に有名です。結末としては水面に映る自分の姿に見とれて溺れ死ぬというもの。この物語をもとにしてフロイトが名づけた「ナルシシズム」という言葉は、今では「ナルシスト」として一般化しています。フロイトが発見した心の病の根源でもある「自己愛」という状態に「ナルシシズム」という言葉をあてたことろはさすがとしか言いようがなく、その構造と結末を見事に表しています。
フロイトが言うナルシシズムの状態は、幼児期の状態であり、それは絶対的な自己満足の状態です。その究極の状態が、子宮のなかの胎児であり、そこでは絶対的ナルシシズムの状態にある。人間はそこから一歩踏み出し、変化する外的な世界を許容するとともに、ナルシシズムの状態はうち破られていく。そして自己に向いていた心的エネルギーを「外部の興味」へと向ける。これが健全な発達過程とナルシシズムの減退です。
しかし不安や恐れなどの原因によって、外部へと向けられるはずの心的エネルギーが自分自身へ向かえば、そのエネルギーは外へ出て行かずに自己肥大化を起こす。胎児的な絶対的ナルシシズムの状態は、外部がない状態であり、だからこそ外の不安や恐れから身を守るために自己を肥大化させる。世界が自分なら不安も恐れもないわけです。しかしナルキッソスは最後には溺れてしまう。なぜなら現実が見えなくなっていたからです。
不安や恐れのために自己を肥大化させ、自分を現実の替わりにする。そういった自分だけの世界では、自分に関わることだけが過大に評価され、それ以外のものはすべて劣等となります。さらに自分の失敗や外部からの正当な批判を受け入れることができなくなる。そのことが自己修正を不可能なものにしています。このような構造が出来上がってしまった後に、状況を改善することは可能なのか。我に見とれて沈みゆくナルキッソスを救う方法はあるのでしょうか。
AUTOPOIESIS 122/ illustration and text by : Yasunori Koga
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