『自己・あいだ・時間』

「現在の病態が患者の人生にとってどのような意味をもっているのかを見極める」
(木村敏)

 日本を代表する精神病理学者による論文集(1968年~1978年)。決して単純化しては語れない、分裂病(統合失調症)者についての臨床的な知識をこの本によって得ることができる。しかし前半には鬱病に対する重要な論文も収められているので、二つの病態の比較も可能だ。特に「分裂病と時間論」において展開される「ノエマ・ノエシス」の概念から把握される自己や、「‟前夜祭”と‟後の祭り”」といった分裂者の時間的病態の把握などは、明らかに哲学者としてのセンスがうかがえる。あまりにも貴重な経験と情報がが詰まった一冊です。

book / 006『自己・あいだ・時間』木村敏: Originally published in 1981
illustration and text by : Yasunori Koga

古賀ヤスノリHP→『Greenn Identity』

『メノン』

古賀ヤスノリ イラスト
「知が導くとき幸福を結果し、無知が導くときは反対の結果になる」
(プラトン)

 「徳」とはなにか。それは教えられるものか。訓練によって身につくものか。あるいは、もともと素質として備わっているものなのか。これらの「徳」への問いを、プラトンは対話形式によって深めていく。主人公ソクラテスは、対話者メノンに問いかけ、ときに混乱させることによって、その人がもともと持っている「知」を再発見させる。知らないことを「知っていると思い込む」ことが、“探究”の意思をなくす「知的怠惰」の原因である。それがこの本のもう一つのテーマ。中学生にでも読める内容だからこそ、生徒と教師が一緒に読み、同じ問いを考えることができる。そんな「真の教育」を促す“哲学の教科書”と言える一冊です。

book / 005『メノン』プラトン: Originally published in BC387-
illustration and text by : Yasunori Koga

古賀ヤスノリHP→『Greenn Identity』

『シェイプ・オブ・ウォーター』

古賀ヤスノリ イラスト

 児発話障害を持つ女性と半漁人のラブストーリー。言葉を話せない主人公は、言語に支配されない純粋な心の持ち主。そして現地では神と崇められる半漁人は、規格外で社会から拒絶される“英雄”(ジョゼフ・キャンベル)として見ることができる。偏見の目では見ることのできない大事なものがある。その大切なものは、言語に頼らないからこそ、真のコミュニケーションとして交換可能となる。物質や権力、短絡的な仮想コミュニケーションが支配する現代において、決定的に喪失している大事なもの。それはのは「愛情」ではないだろうか。ギレルモ・デル・トロ監督は、物質主義が蔓延した現代において、人々に「愛情」を思い出させようと本気で思ったのかもしれない。

vol. 045 「シェイプ・オブ・ウォーター」 2017年 アメリカ 123分 監督 ギレルモ・デル・トロ
illustration and text by : Yasunori Koga

★古賀ヤスノリのHP→『Green Identity』

『ブレードランナー 2049』

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 1982年制作『ブレードランナー』の続編。レプリカント(労働力として生産されたアンドロイド)を殺害する役目を負った“ブレードランナー”の物語。歴史的な傑作の続編という不利な条件でありながらも、見事にドゥニ・ヴィルヌーヴ版ブレードランナーに仕上がっている。荒廃し切ったした世界は、前作よりもタルコフスキーやエンキ・ビラルを手本にしたと思われる。過去の記憶まで移植された、人間そっくりのレプリカントは、“自己の確証をどこに求めればよいのか”という根本問題を突きつける。徹底した世界観と普遍的なテーマが、観る者を深みへと引きずり込む、「人間とは何か」を問う哲学的なSFである。

vol. 044 「ブレードランナー 2049」 2017年 アメリカ163分監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
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★古賀ヤスノリのHP→『Green Identity』

『プリズナーズ』

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 娘を誘拐した容疑者は、証拠不十分で釈放される。事件を追う刑事の捜査手法に不満を持った父親は、一線を超えた方法で事件の解決を図ろうとする。
敬虔なる父親が、娘を救うために自身の信仰を捨てる行動にでる。信仰に背くことは自分の死をも意味する。自己矛盾に引き裂かれながら娘を守ろうとする父親の姿に、本質的な父性の役割が浮かび上がる。情念の父親に対し、理性的な捜査で事件を追う刑事。これら相対する二つの手法がゆっくりと交差していく。ドゥニ・ヴィルヌーヴの真に迫る演出。ロジャー・ディーキンスの冷たくも美しい映像。そして迫真の演技陣。加害者の発生原理と被害者の苦悩が、自己言及的な迷路として描かれた傑作。

vol. 043 「プリズナーズ」 2013年 アメリカ93分監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
illustration and text by : Yasunori Koga

★古賀ヤスノリのHP→『Green Identity』

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