『軽蔑』

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 難解と言われるゴダールの映画。しかしこの「軽蔑」は比較的にシンプルでわかりやすい。ある脚本家が映画製作に携わり、 その過程で精神が崩れはじめる。それは私生活へも影響を及ぼしていく。ゴダールの当時の私生活がそのまま演出に活かされている。その意味では生々しい映画だ。映画の導入部分で引用される「映画とは欲望がつくる 世界の視覚化である」という評論家アンドレ・バザンの言葉がこの映画の全てである。映画製作に対する”代償”を描いた傑作。

vol. 013 「軽蔑」 1963年 フランス・イタリア 102分 監督:ジャン=リュック・ゴダール
illustration and text by : Yasunori Koga

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『孤独の報酬』

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「ifもしも」で知られるリンゼイ・アンダーソン監督の長編映画一作目。身の丈に合わない女性を我が物にすべく、炭坑夫からラグビー選手へと転身する男。しかし階級という見えない構造はそれをゆるさない。
この映画は丁寧な心理描写とリチャード・ハリスの熱っぽい演技が魅力である。日本映画にヒントを得たであろう音楽もすばらしい。現実と過去を行き来する時間の流れも、主人公の葛藤を上手く表現している。勝つはずのない勝負へ挑む主人公は、苦悩の果てに何をみるのか。

vol. 012 「孤独の報酬」 1988年 イギリス 134分 監督:リンゼイ・アンダーソン
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『ある殺人に関する短いフィルム』

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ある殺人者とある弁護士の物語。人はなぜ殺人を犯してしまうのか。そして殺人者を裁くことができるのか。映画の冒頭で弁護士はこう独白する「刑罰は復讐である」。
特殊なフィルターで撮影された、暗く視界の狭い映像。殺人者の心理と弁護士の苦悩がセリフではなくこの映像のスタイルによってダイレクトに伝わってくる。 これほど無駄のない手法で撮られた映画はそうそうお目にかかれない。ヘビーな主題だけに見る側も覚悟を必要とするが、ラストで胸をうたれること請け合いである。

vol. 011 「ある殺人に関する短いフィルム」 1988年 ポーランド 84分 監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
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『ロボコップ』

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 この映画はSFというジャンルに分類されている。もちろんロボットが出てくるので見た目はSF映画である。 しかし内容はというと、まさに社会派そのもの。当時のアメリカ社会が”内側”からリアルに描かれている。なぜなら 監督のポール・バーホーベンは母国オランダからアメリカへ移住し、アメリカを体感して撮影に臨んだからだ。 よってこの映画は「ヨーロッパから見たアメリカ社会」が裏のテーマである。この映画の特徴である過激な描写も、 ブラックなユーモアもアメリカを表現するために選ばれた表現なのだ。コップがロボになること自体がすでにアメリ カを表しているのではないだろうか。社会派映画の傑作。

vol. 010 「ロボコップ」 1987年 アメリカ103分 監督:ポール・バーホーベン
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『裸のランチ』

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 ウイリアム・バロウズの同名小説の映画化である。小説のほうは、文章を無作為に切り取りとって繋ぎ合わせるカットアップという手法がとられている。 つまり意味不明な体裁をしているのだ。それを映像化しようという発想が凄い。監督のクローネンバーグは昔から、バロウズのファンだったようである。
映画のほうはカットアップではない(編集とはカットアップなのだが)。映像は琥珀色。オーネット・コールマンのサックスが気だるい空気を乱反射させ、その中を役者たちがまどろむ。
この世界観には賛否両論あるだろう。しかし映像のインパックトは大きく、今でも似たような質感の映画を見かける。バロウズ本人のエピソードが数多く盛り込まれてるので、「裸のバロウズ」というサブタイトルで親しみたい一品である。

vol. 009 「裸のランチ」 1992年 イギリス・カナダ117分 監督:デヴィッド・クローネンバーグ
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